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ひとつでは少なすぎる。

趣味と嫁のために社畜生活頑張ってます。趣味と仕事が中心の雑記ブログ。

音楽は「弾く・吹く」でなく、「伝える」というエモさでうまくいく

こんにちは、ヒロタカです。演奏会や発表会などで、今日はすごく良いなあと思うときと、今日はイマイチだなあという時の差がわかりますか?

 

CDだとよく分からないですが、生の演奏会を聴きに行くと同じ人でも出来栄えに雲泥の差がある時があります。また、前半は良かったのに後半はダメなど。本当にすぐに良し悪しが変わってしまいます。また、聴いている方がイマイチだなあと思っていると、実は演奏者側もいまいちなのがわかっています。わかっていながら、どうしてイマイチなのかが分からずにそのまま終曲まで進んでしまう。アルアルですよね。ただ、色々演奏会とか聞きに行っててこういうことじゃないかなあ、と思ったのでまとめて見ようと思います。僕もまだまだ言えたあれではないのですが、自省の意味も込めて良かったときと悪かった時の違いを書いてみようと思います。

 

イマイチな時は、演奏に集中している

大体、イマイチな時ほと正確な演奏をしています。もちろん、演奏自体が狂ってシッチャカメッチャカという事例もあるでしょうが、まあそれは成功失敗以前のはなしになってしまうので置いときます。

 

演奏者が曲にのめり込んでいる状態の時は、よく集中されている状態です。譜面もよく見えるし指も回る、息もよく入るし伴奏者や他のメンバーの動きもよく感じられる。まさに曲に対して良く集中しています。ただ、その集中がお客にまで届いていないのが問題なのです。

 

内向的といえば良いのでしょうか。演奏者の演奏が奏者の中やグループの中で留まっていて外にまで伸びていない。ただ、演奏者自身はよく集中しているので自分の音がよく聞こえますし、聴衆にもよく聴こえていると錯覚します。これは難曲になればなるほどそういう傾向になります。譜面が難しくてそちらに集中しなければいけないからです。ただ、いくら難しい曲を完璧に弾けた・吹けたとしてもそれで聴いている人に届いているのかと言うのは話が別になります。

 

良い感じほど、演奏に集中していない

良い演奏のときほど、演奏者は聴衆に集中しています。聴取に楽しんでもらうため、感動してもらうためにはどうすれば良いのか。その為、あえて曲自体に集中する力を削ぐことも必要になります。曲への完成度集中力を抑える一方で聴く側へ「伝える」事に集中力を注ぎ込むのです。

 

内向的の反対なので外交的といえば良いのかと言えばそれも違う気がします。外向きであっても一方的な演奏では「伝える」ことは出来ません。聴衆とコミュニケーションをとることがいい演奏の重要なポイントだろうと僕は思います。

 

常にいい感じになるには

素晴らしい演奏をするためには、聴衆に伝える、コミュニケーションを取るため、あえて演奏自体に全力を持って取り組むことは出来なくなります。そうなると未熟な曲や難しい曲に対しては不安やミスが発生することになるでしょう。そうならないように普段からの練習を欠かさず、無意識レベルで演奏できるようになるまで熟達するのが大事です。


また、もう一つの方法としては、こちらのほうがより簡単かもしれません。練習する際に、常に聴衆をイメージします。そしてその聴衆に「伝える」つもりで練習する。こうやって普段の練習から「伝える」事を意識していると、本番の演奏でも無意識的に「伝える」事を意識した演奏ができるようになるでしょう。普段は曲の練習に集中して、本番だけちょっと「伝える」努力をするか、普段から「伝える」ように練習するのか、自分の好みで練習すると良いと思います。

 

さいごに

僕自身は演奏するときも演奏を聴くときもありますが、やはり演奏会に来て下さった方にはいい演奏を聴いてもらいたいものです。いい演奏をするために、「伝える」事を意識した演奏を頑張っていきたいですね。